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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)265号 判決

原告

高村三千男

棚沢淳子

町田勝

右三名訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

角田由紀子

被告

景元寺

右代表者代表役員

岩井俊一

被告

景元寺檀信徒会

右代表者代表世話人

渋谷十

右両名訴訟代理人弁護士

馬橋隆紀

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告景元寺は、原告らに対し、別紙第一目録一ないし三記載の各文書を閲覧及び謄写させよ。

2  被告景元寺檀信徒会は、原告らに対し、別紙第一目録四及び五の各文書を閲覧及び謄写させよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、被告景元寺(以下「被告寺」という。)の檀信徒であり、被告景元寺檀信徒会(以下「被告檀信徒会」という。)の会員である。

(二) 被告寺は、天台宗の宗教法人である。

(三) 被告檀信徒会は、被告寺の檀信徒で組織され、会員相互の連携により被告寺の管理保全に当たっている権利能力なき社団である。

2  被告寺について

(一) 被告寺の檀信徒である原告らには、次のとおり、被告寺の別紙目録一ないし三記載の文書(以下「被告寺文書」という。)の閲覧請求権がある。

(1)ア 被告寺の寺院規則(以下「本件寺院規則」という。)二二条には、「財産目録は、毎会計年度終了後三月以内に、前年度末現在によって作成しなけばならない。」と規定している。

イ 被告寺は、宗教法人法(以下、単に「法」という。)二五条二項及び本件寺院規則二二条により、財産目録の作成、備付けが義務づけられている。また、法二三条は、重要な財産の処分や担保設定、借入、境内建物の増改築などについては、規則で自由に定めることを許さず、必ず信者その他の利害関係人に公告することを定め、さらに、法四四条は、任意解散に当たっては、信者その他の利害関係人に公告し、信者らは、これに意見を表明することができ、責任役員らは、出された意見を十分考慮して再検討すべきことを要求している。

檀信徒らは、右各規定によって、宗教法人の運営に参画する地位が保障され、その財産の得喪、日常的財務処理にアクセスし、責任役員らの独善的運営をチェックし、宗教法人の民主的運営ないし運営の公正をはかることができると解すべきである。そして、右手段として、右財務に関する書類の作成、備付けが義務づけられていることから、檀信徒らは、当然に、右書類の閲覧(謄写を含む、以下同じ。)請求権を有する。

(2)ア 被告寺では、被告檀信徒会が、被告寺の運営を掌握するのが慣例となっていた。すなわち、本件寺院規則では、三人の責任役員が最高かつ唯一の機関とされ、その長たる代表役員には天台座主から任命された住職が就任し、同人が他の二名の責任役員を任命することになっているが、現実には、右三名の責任役員は、被告寺の宗教活動、事務を行うことはなく、すべて代務者である堂主又は庵主が右宗教活動、事務を行っていた。また、右堂主、庵主は、天台座主の任命ではなく、檀信徒会が決定していた。

イ 本件寺院規則では、被告寺の資産を特別財産、基本財産、普通財産に分け、寺の経費は普通財産から支弁することとなっている。しかし、現実には、これら資産の管理保全は、檀信徒会の権限かつ責任となっており、被告寺の普通財産を構成するはずの土地賃貸料、墓地貸与料、寄附金のすべてが被告檀信徒会の会計の対象となり、被告寺の経費は、被告檀信徒会が右収入から賄うこととなっていた。また、墓地管理使用規定では、「本墓地は当寺住職及び世話人がこれを管理する」と規定されている。このように被告寺の財務の権限は、被告檀信徒会にあったものである。

ウ 被告檀信徒会規約(以下「本件檀信徒会規約」という。)には、総会の決議事項として「会計に関する事項」が規定されている。右会計に関する事項とは、被告檀信徒会の毎会計年度の決算の承認であり、その裏付けとなる被告檀信徒会の会計帳簿の検討を含むものである。そして、右会計帳簿は、被告寺の会計帳簿と一体をなすものである。

エ したがって、原告ら檀信徒は、被告寺の運営に全面的に参画する地位を有するものであるから、被告寺文書の閲覧請求権があるというべきである。

(3) 原告ら檀信徒は、いわゆる「知る権利」として、被告寺文書を閲覧することができる。すなわち、原告らは、被告寺文書の閲覧することによって、①毎会計年度末の資産と負債の状況ないし年間の収支のバランス状況を子細に検討し、被告寺の日常の活動、役員の行動の適正、収支と支出の適正を判断することができ、②会費、維持費等の拠出についての判断材料を得ることができ、③閲覧によって得た情報に基づいて、組織の運営改善や改革に大きな力を得ることができるからである。

(二) また、今日のように書類の複写技術の進歩した時代では、右閲覧請求権には、当然に謄写請求権が含まれるものというべきである。

3  被告檀信徒会について

(一) 前記2(一)(2)ウと同じ。

(二) したがって、被告檀信徒会の会員である原告らには、被告檀信徒会の別紙目録四及び五記載の各文書(以下「被告檀信徒会文書」という。)の閲覧請求権があるというべきである。

(三) 前記2(二)と同じ。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)(1)アの事実は認め、同イは争う。

(二)  同(2)ア、イの各事実は認める。

(三)  同(2)ウの事実のうち、本件檀信徒会規約に総会の決議事項として「会計に関する事項」が規定されていることは認め、その余は否認し、その主張は争う。

(四)  同(2)エは争う。

(五)  同(3)は争う。

(六)  同(二)は争う。

3(一)  同3(一)については、右2(三)と同じ。

(二)  同(二)、(三)は争う。

4  被告らの主張

法、本件寺院規則及び本件檀信徒会規約において、檀信徒に帳簿書類等の閲覧請求権を認めた規定は存しない。また、右規則等においても、檀信徒に業務執行の是正や機関責任を追及できるような規定もない。

そもそも、檀信徒は、儀式行事などの宗教上の行為をするものであって、宗教法人の管理運営に参加しうるものではなく、宗教法人の業務執行の是正や機関の責任追及をなしうる地位にはない。

檀信徒の地位が、このようなものである以上、宗教法人の業務執行の是正や機関の責任追及の手段となる閲覧請求権も認められないことは当然である。そしてこの趣旨は、個々の檀信徒と宗教法人である被告寺の管理運営にたずさわっている被告檀信徒会との関係についてもあてはまるものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二同2について

1  同2(一)(1)アの事実は当事者間に争いがない。

2  原告らが被告寺の檀信徒であることは、争いのないところであり、右の檀信徒は、法にいう信者に該当するものと解せられる。

しかしながら、法には、被告寺文書等の文書の閲覧請求権を信者に認めた規定は存在しないし、また、本件寺院規則においても、右閲覧請求権を檀信徒に認めた規定は存在しない。

もっとも、法二五条一項は、宗教法人に財産目録の作成を義務づけ、同条二項は、宗教法人の事務所に財産目録、責任役員会議議事録等の一定の書類、帳簿を備付けることを命じており、また、法二三条は、宗教法人が、不動産を処分する等同条で定める一定の行為をしようとするときは、その行為の少なくとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を公示すべき旨規定している。これらの規定は、税務当局等の調査に資するほか、宗教法人の代表役員や責任役員による財務関係を含めた業務執行の公明適正化を目的として制定されたものと解されるが、これらの規定が存することをもって、法は、信者に前記閲覧請求権を有することを当然に予定する趣旨であると即断することは相当でない。すなわち、前記閲覧請求権は、単に閲覧自体を終局の目的とするものではなく、宗教法人の業務執行の是正、又は、その機関の責任を追及する場合、その手段として機能すべきことが予定されているいわば手段的権利であると解するのが相当であるところ、法及び本件寺院規則において、被告寺の信者ないし檀信徒が、被告寺の業務執行の是正を要求すること、又は、代表役員、責任役員等の機関の責任を追及することを認めた規定は存しないうえ、公告の対象事項についても、被告寺の信者ないし檀信徒の意向を聴取する規定は存しないからである。ただ、法四四条は、例外として、宗教法人の任意解散の場合、信者らが意見を表明することができる旨規定しているが、これは、当該宗教法人にとって、解散という特別かつ最終的な決定に関する規定であるから、右規定を類推して、信者ないし檀信徒について、当該宗教法人の財務関係を含めた通常の業務について意見を表明する権限を肯認することはできないので、その前提ないし手段としての右義務の調査権限も、これを認めることはできない。

したがって、原告ら檀信徒には、被告寺文書の閲覧請求権があると解することはできない。

3(一)  請求原因2(一)(2)について

請求原因2(一)(2)ア、イの各事実及び同ウの事実のうち、本件檀信徒会規約に総会の決議事項として「会計に関する事項」が規定されていることは、当事者間に争いがない。しかし、右ア、イの慣行があり、右規定があるからといって、原告らが、被告寺文書の閲覧請求権を有するものと即断するのは相当でない。すなわち、弁論の全趣旨によれば、右ア、イの慣行は、被告寺の宗教的活動と極めて密接に関係する事柄であることが認められるから、右慣行について、その是非及びその意味内容等を確定することは、本来、宗教法人として結社の自由が特段に保障されている被告寺の自律に任すべきであって、これを司法的判断によって、公権的に解釈するのは相当ではないからである。

(二)  同(3)について

原告主張のいわゆる「知る権利」の内容、また、宗教法人の会計関係文書の閲覧請求が右の知る権利に含まれるか否かについては、しばらく措くとして、原告らは、被告寺の日常の活動、役員の行動の適正、収入と支出の適正を判断し、また、会費、維持費等の拠出についての判断材料を得ると共に、被告寺の運営改善、改革に大きな力を得るために、原告ら檀信徒は、被告寺文書の閲覧請求ができる旨主張するが、前記2説示のとおり、原告ら檀信徒には、右の判断に基づいて、被告寺の宗教法人としての業務運営について意見を表明し、これを是正する権限はないから、その前提ないし手段とみるべき原告檀信徒の被告寺文書の閲覧請求は、これを認めることができないものというべきである。

4  したがって、原告らの被告寺に対する被告寺文書の閲覧(謄写を含む)請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三請求原因3について

1  請求原因3の(一)の事実中、本件檀信徒会規約に総会の決議事項として「会計に関する事項」が規定されていることは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、〈書証番号略〉によれば、本件檀信徒会規約には、別紙第二目録記載の規定があることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2認定のとおり、被告檀信徒会では、総会が役員選出権限及び会計に関する事項の決定権限を持ち、役員である世話人で構成される世話人会が会計及び物件の管理について連帯責任を負うものとされている。そして右連帯責任は、会計についての決定権限を持つこと、会計業務の結果が総会に対して報告されること、会計報告が最終的に総会の承認を得なければならないこと等に鑑みると、総会に対して負うものと解されるところ、右2の規定によれば、総会の構成員である被告寺檀信徒は、総会において、被告檀信徒会の財務関係を含めた業務執行を是正したり、役員の責任を追及することができる。したがって、被告寺檀信徒は、右権限行使に関する基礎資料を集めるために被告檀信徒会の会計についての一定の調査権限を有するものということができる。

しかし、檀信徒が一定の調査権限を有するからといって、被告寺の檀信徒である原告らが、被告檀信徒会文書についての閲覧請求権を有するものと即断することはできない。すなわち、一般に団体の機関の業務執行についての調査の方法は多様であるから、その構成員にいかなる調査方法を認めるかは、本来、当該団体の自律に任すべきであり、具体的には、当該団体の規則等により明文上定められた方法によるべきところである。しかも、特に宗教的結社の自由は、憲法二〇条一項により保障されているから、宗教的結社の自律権は強く保障されるべきであって、安易に公権力がこれに介入すべきではないからである。そして、本件についても、弁論の全趣旨によれば、被告檀信徒会は、被告寺において、その信仰に基づいて宗教的行為をするために作られた宗教的結社であると認められるから、被告檀信徒会の自律権は強く保障されるべきであるから、その業務執行(財務関係を含む)についての調査方法は、本件檀信徒会規約に定められた方法によってのみ調査できるものと解するのが相当である。ところで、右2の認定のとおり、本件檀信徒会規約上、被告檀信徒会の会計については、監事が会計業務を監査して総会にその結果を報告し、また、決算については、毎会計年度末にすべての会計報告書が作成されたうえ、監査を受けた後総会に報告し、その承認を得るという方法で行うものとされている。そして、〈書証番号略〉によれば、本件檀信徒会規約上、被告寺の檀信徒が被告檀信徒会文書を閲覧できる旨の規定は存しないから、原告らを含む被告寺の檀信徒は、右会計報告書及び会計報告に基づいて、被告檀信徒会の総会において質疑をし、その応答を求めるという方法によってのみ、右調査を実施し得るに止まり、被告檀信徒会文書を閲覧してまで右調査をすることはできないものと解するのが相当である。

4  したがって、原告らの被告檀信徒会に対する被告檀信徒会文書の閲覧(謄写を含む)請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四結語

以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩谷雄 裁判官都築政則、同坂田千絵は、転補につき署名、押印できない。裁判長裁判官塩谷雄)

別紙第一目録

一 被告景元寺の一九八四年四月一日以降一九九〇年三月三一日までの間の各年度作成保存の予算及び会計報告書

二 被告景元寺の一九八四年四月一日以降一九九〇年三月三一日までの間の毎年三月三一日現在の財産目録

三 被告景元寺の前項の期間の預貯金通帳(定期預金証書含む)一切

四 被告檀信徒会の一九八四年八月一日以降一九九〇年七月三一日までの間の各年度作成保存の会計帳簿一切

五 被告檀信徒会の前項の期間に対応する預貯金通帳一切

別紙第二目録

二条 組織 本会は景元寺檀信徒を以って組織する

六条 事業 本会は前条の目的を達成するため左の事業を行う

一、会員相互の連絡協調

二、景元寺の管理保全

七条 会議 本会に左の会議を置く

一、総会

二、世話人会

一〇条 定義 総会は各号に該当する事項を審議決定する

一、規約の改廃

二、役員の選出

三、会計に関する事項

一四条 本会に左の役員を置く

一、世話人 若干名

代表世話人、副代表世話人及び会計各一名は世話人の互選により定める

二、総務 一名 総務は景元寺住職を以って充てる

三、監事 二名

一六条 任務 世話人の任務は左のとおりとする

一、代表世話人は本会を代表し会議を主宰し業務を統括する

二、副代表世話人は代表世話人を補佐し代表世話人事故ある時はその職務を代行する

三、世話人は会の諮問委員となり会の事業に参与の意見を述べ事業の遂行に当る

四、会計は会計業務を行う

五、監事は会計業務を監査し総会に其の結果を報告する

一九条 本会の決算は毎年度末会計に於てすべての会計報告書を作成し監査を受けた後総会に報告しその承認を得なければならない

二十条 本会の会計及び物件の管理は世話人会の連帯責任に於て行う

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